代表メッセージ

 

あの日から3ヶ月あまりが過ぎ、まわりの風景も以前のような姿を取り戻しつつあるように見えます。自宅近くを定時に通過する臨海鉄道も動き出し、時計代わりの朝の時間もいつものようになりました。その時が来れば花はいつものように咲き、鳥のさえずりも季節の移り変わりを教えてくれます。しかし、屋根をブルーシートで覆われた家もまだ見られ、道路も亀裂や段差が修復されても波打っている所もまだあり、傾いた電柱もそのままあり、元通りになるのはずいぶん先のように思えます。時は規則正しく進んでも、毎日の気分はぎこちなく過ぎて行くように感じています。
 震災・原発問題は大きな被害がなかった私たちエル・ファロにも少なからず影響がありました。当日は、状況が分からない中で時が過ぎて行きました。道路は車で埋まり、亀裂・段差を避けながら通常の3~4倍の時間をかけ送迎を行ったり、自由空間では、帰宅困難になった利用者や近隣の方の臨時の緊急避難所となったりと混乱しました。幸い、皆無事だったことで安堵したことを思い出します。その後は、物資不足、ガソリン不足、断水と毎日の生活が一変してしまいました。原発事故で避難する人が続出、夜になっても灯りの点かない家々があちこちにあり、人の姿のない静かな街が異常な事態なのだと思い知らされました。給水場の周りは、水を求める人の車で渋滞となり、道路の片側にはガソリンスタンドまで延々と続く車列、災害支援と書かれたステッカーや幕を掲げた他県ナンバーのパトカー・トラック、日ごろ目にすることのない自衛隊の様々な車が、当時の日常の姿だったのです。
 施設も開所困難になり、臨時閉所となりました。自由空間は、非常階段、ブロック塀、スロープ、庇等に被害がありました。グループホームは避難をすることになり、とりあえずの処置がとられました。判断材料が無く、どうしたら良いのかと考える日が続くそんな中、様々な支援団体が支援物資を届けてくださったお陰でとても助かり、嬉しく思いました。その後、残った職員と平競輪場へ支援物資を取りに行くなどいつもと違う仕事になり、鬱々としているよりとにかく何かをしようと動きました。各施設4月1日再開に向け準備をし始めた頃断水解消になり、大喜びしました。こんなにも当たり前だったことをみんなで喜んだことはありませんでした。再開したのも束の間、4月11・12日の余震で、自由空間は3月の時以上の被害がありました。しかし、同じ経験をしてすぐの事態だったので、今回は、創造空間は通常通り、自由空間も1週間の休みで通常通りになりました。

 今回の事で様々な問題が目の前に現れ、どこから手をつければいいのか足踏みしている状態で、一歩がなかなか出ませんでした。想定外の事態だったとはいえ、現実に起きた事。時は狂うことなく刻まれていき、やり過ごすわけにもいかず、目の前の事からやり始めました。

2011年 7月 社会福祉法人 エル・ファロ 理事長 奥村 牧子

 

Copyright © el-faro. All Rights Reserved.